千葉県成田市 飯塚 健一さん

毎年、ミレーで大人気の小玉すいかをお届けいただいている飯塚健一さん。
多くのお客さまが販売をいまかいまかと待ちわびていた、小玉すいか≪愛娘≫(まなむすめ)の出荷が今年もいよいよ始まりました。すいか作りは多大な労力と時間を費やすため、飯塚さんは今年、栽培するかどうか迷ったそうです。でも皆さんの「とっても甘く美味しかった」との声に後押しされ、お届けできることになりました。

多くの人に伝えたくなる、とびっきりの味わい

飯塚さんの小玉すいかは果肉がしっかりしていて、シャキシャキ感があり甘みもぎゅっと詰まった濃密な味わい。毎年、多くのお客さまから「こんなに甘くて味わいのあるすいかは初めて」、「夏に必ず食べたい逸品です」「お世話になっている方に贈りたくなります」との声が続々と寄せられ、心待ちにしている方も数多くいます。
このように皆さんを惹き付けてやまない小玉すいかには、幾重にも重なった飯塚さんの苦労と、愛情、そして技術がたっぷり注がれています。
飯塚さんは、すいかの栽培歴が50年にもなる大ベテラン。「すいか名人」と呼ばれるほど、熟達した腕前で極上の甘みと味わいを生み出します。

苦労に苦労を重ねた末にようやく結実した小玉すいか。胸をなで下ろすことができるひと時です

名人としての片鱗は堆肥づくりからも垣間見えます。堆肥は、落ち葉や糠などを混ぜ3年間も熟成させ、さらに魚粉も加えます。
「堆肥は発酵しつくすまで使わない」のが飯塚さんのやり方。
整枝をはじめ日ごろの綿密な管理はもちろんのこと、この堆肥を使って抜群のすいかが出来上がるのです。

お客さまの声に励まされ、今年も栽培

すいかの穂木を接ぐ作業は毎年、お正月早々から始めます。

「とにかくすいかは手間がかかります。そろそろ区切りをつけようかと話し合ったりしましたが、お客さんの声に励まされて、やっぱり今年も続けようと思ったんですよ」と妻の美江子さん。
栽培は、年明け早々から始まります。
まずは、かんぴょうの台木にすいかの穂木を一本ずつ接いで3月ごろに苗を植え付けます。受粉作業などを行って、収穫にこぎつけるのは6月。今季の受粉は、例年なら大活躍するミツバチが入手できず、すべて手作業で行いました。気の遠くなるような地道な作業をしてまでお届けしてくれる努力に頭の下がる思いです。

我が子を育てるように、すいかを慈しむ

収穫するまでには、整枝などの作業を一つ一つ行ってゆきます。それでも、きちんと実る保障はありません。
「長年栽培しても思うようにいかず、どのように対処したらいいのか迷う部分はたくさんある。株が元気になりすぎても玉がつかなかったりする。昨年と同じようにやっても、いい玉がつくわけではないのです」と飯塚さん。
このように栽培が難しく、微妙な気象条件によって出来具合や相場が左右されるため、すいかは生産者の間では「運玉」と呼ばれるそうです。
それでも栽培を続けるのは、すいかの育つ姿に純然とした喜びを感じるため。
飯塚さんと美江子さんは言います。
「子育てと一緒です。育つ姿を見るとたいへんだった苦労も忘れるんです」。
飯塚さんと美江子さんは、わが子を慈しむようにすいかに声を掛け、しっかりした玉がつくよう祈りながら栽培しています。

飯塚さんは代々、農家の家系。
高校を卒業した後に家業を継ぎ、ひたすら農業の道を歩いてきました。

すいかは栽培が難しいだけに慎重に扱います。わが子を慈しむような目で一株ずつ、丹念に育ててゆきます。

先代から教えられてきたことは「作物はうそをつかない。やっただけのことしか返ってこないから、できるだけのことはやらなくてはならない」という至言。
だからこそ労を惜しまず、すいか栽培に情熱を注ぎこんでいるのです。
仲間の農家がすいかの栽培から手を引いても、飯塚さんは苦労を顧みず50年近く続けてきたのでしょう。
「きっちり手をかけた健康で元気なすいかをお届けしますので、楽しみにしてください」。
飯塚さんの足元で、すくすくと育つ小玉すいかが輝いていました。


飯塚さんの愛情と誇りが詰まったスイカ。皮のキワまでとっても甘いと評判です。

今年はすいかを栽培するかどうか気持ちが揺れていた飯塚さん。栽培に踏み切った決め手は、皆さんの喜びの声と50年近く続けてきたことへの誇りでした。
「すいかに愛着をもっているので利害を超えた部分でやっていることもある」
と、飯塚さんはきっぱりと言いきります。
飯塚さんが「すいかは運玉と呼ぶんですよ」とお話しされたとき、栽培の苦労の一端がおぼろげながら見えたような気がしました。
ありがたみに溢れたすいかを家族でしっかりとかみしめて、灼けつくばかりの夏を謳歌したいと思います。

取材者:松本 一直
年月日:2009年5月19日

 
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