ミ)
秋葉さんが、有機農業をやろうと思われたきっかけはどういうものだったのですか?
秋)
空港の反対運動をしている中で、ある時、北海道からきた女性が何気なく「これからは無農薬で野菜を作ることはできないだろうか」って言ったんだよ。俺自身もハウスの中で土壌消毒している最中に苦しくなって、やっとハウスから這い出て助かったという経験もあったから、できることなら農薬は使いたくないと思ってた。だから思い切ってやってみるかってことになったんだよ。でも30年以上も前の話だから、手本になるような農法もなくて、手探りでのスタートだった。失敗しながら、有機農業のやり方を学んでいったという感じだったかな。
ミ)
でも急に無農薬に切り替えて手間ヒマかけて野菜を作ったとしても、それを売るアテのようなものはあったのですか?
秋)
当時の産直は反対運動の支援活動でもあったからね。それで7人の農家の仲間たちに呼びかけて、1200人の消費者を対象にした産直をスタートさせたんだ。百姓と消費者と運転手、この三者三様が互いに共存できる方法を話し合ったんだ。農家は収入の五割を占める資材を減らしてできることなら中値(高値と底値の間の価格)で野菜を通年売っていきたい、消費者は安心して食べられる新鮮な野菜を安定した価格で買いたい・・・。それを保障し合えるようなシステムを作っていったんだ。
ミ)
ずいぶん早くから産直方式を取り入れていったのですね。
秋)
そうだね。顔の見える関係の中で野菜や米を作っていくことが基本だと思っていたからね。生産と事務、販売までみんな農家でやったよ。会員を増やすためにトラックに野菜を積んで東京に直接売りに行ったこともある。事務所もなくてさ、1年ごとに経理なんかの事務は各農家の持ち回り。出荷は週3回、各農家の軒先で人参担当の人が人参をさーっとケースに入れて、次に大根担当の人が大根をさーっと入れて・・・って感じでセットの野菜を作って運んだ。まぁ本当にいろんなことをよくやったなぁと思うよ。
ミ)
ではその当時から無農薬、無化学肥料に切り替えて、お米や野菜をお作りになっていらしたのですね。堆肥はどういうものをお使いになったのですか?
秋)
これもいろいろ試行錯誤があってね。松葉がいいと言われたらトラックに乗って松葉を海に集めに行ったり・・・。でも松葉は塩分が多いから牛糞の方がいいと言われたら牛糞で作ってみたり・・・。本当にあらゆることは試みた。その結果、今では牛糞や豚糞、籾殻、ぬかなどを混ぜ合わせて作るようになった。
ミ)
肥料もいろいろ試されたのですか?
秋)
そうだね。でも今はJAS認定のある有機肥料を使っている。というのは今は規制が多くて、使うものもいちいちお伺いを立てなければならないでしょ。木搾液なんかもそれを抽出する煙突の角度によって土壌改良剤として認められたりられなかったり、と意味のない基準がいろいろあって、そんなものにいちいち翻弄されたくないというのがあるから、規格のものを使うようにしているんだ。
ミ)
ここの田んぼで収穫されたお米の特徴を教えていただけますか?
秋)
減農薬、無化学肥料のコシヒカリで田植えの前に一度だけ除草剤を撒いている。この辺りは昔からの谷津田(やつだ:まわりを林がかこっていて細長い土地につくられた田んぼ)だし、湧水もあるし、粘土質の土だからおいしいお米ができるんだよ。多古米にも負けないおいしさだと俺は思っているよ。いろいろな農家があるけど俺は人間の生きていく基本である米を作らない農家は本物じゃないと思っているんだ。だって一番やってきたことの結果が正直にでるのが稲だからね。たとえば田んぼの中の窒素が多すぎると稲は倒れてしまうんだ。作り手のやり方に答えるかのようにね。手間をかけて薬に頼らず力のある土といい水で育った稲はやっぱりいいお米になるよ。それには自信を持っているんだ。
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