ミ)
イデさんがロハスの活動をされたきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?
イ)
私は、学生の頃から自分らしく気持ちよく生きていけたらなあと思ってきました。音楽が好きだったので20代でミュージシャンとしてデビューしました。その後、87年に渡米し、最初はエンジニアの仕事をしていたのですが、それを自分の好きな音楽の仕事とつなげて、音楽制作ソフトを作ったんですよ。それが世界的にヒットし、結局14年間、サンフランシスコで暮らしました。その時のアメリカでの暮らしが今で言うロハスな生活だったので、それが今の自分自身の原点になっています。当時と今では住む場所が変わっても暮らし方はほとんど変わっていないんですよ。
ミ)
80年代と言えば、日本ではバブル景気の真っ只中ですよね。当時のアメリカでの生活はどのようなものだったのでしょうか?
イ)
アメリカは逆に不況でした。物質文化にNOと言い、次々に精神世界の扉を開いていく動きが広がっていった頃でした。僕の周りにも健康に気をつけながら食事もオーガニックの食品を選んで食べ、シンプルライフを心がけている人たちが多くいました。彼らは「カルチュアル・クリエイティブ」=生活創造者と呼ばれ、環境問題にも敏感で平和意識が強く、精神的な部分も大切にしようとする人たちで、アメリカではそのような人たちが確実に増えていきました。
ミ)
日本もバブルが弾けた後、そういうことを見直していこうとする人たちが増えてきたようですね。
イ)
僕は2000年に、環境コンサルタントでありロハスの紹介者としても知られているピーター・D・ピーダーゼンさんと出会い、ロハスという言葉を知り、僕がアメリカで暮らしていた頃のライフスタイルが、まさにロハスそのものだったんだということに気がついたのです。 |