千葉県夷隅郡 中村 享さん

「船長」と名乗る方からミレーにメールが届いたのは今年の夏前のこと。千葉県大原港にてイセエビ漁を営む、中村享さんからのものでした。
メールの文面からも伝わってくる熱い魂に胸打たれ、車を走らせること数時間。そこで出会ったのは、近づいてくる台風まで吹き飛ばしてしまうような、中村さんご夫妻のスカッとした笑顔でした。

高級食材の代名詞の1つである、伊勢海老(いせえび)。三重県伊勢の名を冠してはいますが、国内の漁獲量が一番多いのは、実は千葉県なのだそうです。全国に先駆けて、千葉県でイセエビ漁が解禁になるのが8月。
「昼の1時に、よーいどん!のオリンピック方式で網を仕掛けにいくんだよ。ほんっとに、よーいどん!で、一斉に船が沖に向かうんだからねぇ。昔ながらのというか何ていうか、先進国でこういう方式のことをしてるのは日本くらいなんじゃないかねぇ」
足の速い船がより良い漁場を確保でき、それ以外の船が続いていく。まさに弱肉強食なんですよ、と、中村さんは苦笑します。
「こいつを頼りに網を張るんですよ」
と見せてくれたのは、魚群探知機の写真。(通称「ぎょたん」)
「イセエビは岩礁に隠れてるんですよ。だから、(ディスプレイ下部に表示される)ギザギザが多いところを狙うの」

(写真上)明るい笑顔が印象的な、中村さんご夫妻/(写真下)魚群探知機。魚のマークが出ていますが、イセエビは表示されないそうです
そう説明してくれながら奥様が取り出したのは、実際に漁に使用する網。取材当日は台風が近づいていたため、朝から壊れた網を直していたのだそうです。
実際に触ってみると網はとても柔らかく、繊細な糸で編まれています。これに引っかかった海老を、ヒゲ一本傷つけないように外すとなると、想像しただけで気が遠くなる気がしました。(ヒゲが1本取れただけでも、正規品として出荷できなくなってしまうとのこと)
「ほんっとうに大変なのよ!あいつら(イセエビ)は獰猛だしね。だから私はエビはめったに食べないの。見てるだけでお腹いっぱいになっちゃうから」
時々引っかかっている小さなカニなどの方が、奥様のお好みとのことでした。

(写真上)まだ夜も明けないうちに、沖にでて網を引き上げます/(写真下)基準に満たないエビは海へ還します

 そんなことを言いつつも、イセエビ漁について話す中村さんご夫妻の目はらんらんと輝いています。
「狩猟民族の血が騒ぐっていうかね。DNAに仕組まれているんだと思うんだけど」
漁には中村さんだけではなく、奥様を伴って二人で行っているとのこと。昼の1時に網を張りに行き、夜9時に就寝、深夜1時半に沖に出る毎日。普通に考えると、女性がこなすには厳しい仕事のように思いますが・・・。
「大変だけどね、いっぱい獲れると嬉しいのよ。頑張った分だけ獲れる量も増えるでしょ。張り合いがあるっていうかね」
そう話す奥様の話を、中村さんもうんうんと頷きながら聞いています。
「農業も漁業も同じような苦労があると思うけどね。唯一違うのは、常に命と隣りあわせってことだね」
死を覚悟したことも何度となくあるとのこと。まさに、命がけなわけです。

「死にかけて獲って来たエビですって言っても、高く売れるわけじゃないけどね」
そう話す中村さんが繰り返す口にするのが、「お客様との絆(信頼関係)」。
「今やっている販売方法だと、間にいろんなものが入りすぎて、お客さんの顔が見えないんだよ」
いくら命がけで立派なイセエビを獲って来ても、それを口にして喜んでくれているお客さまの顔が見えない。それはとても寂しいことだと中村さんは話します。
「農業も同じようなもんだと思ってたんだけど、最近変わってきたでしょ?漁業も変えて行かなきゃならと思うんだよね」

 実は、中村さんはミレーのお客様でもあります。純粋なお客様としてミレーとお付き合いいただくうち、新鮮なお野菜の美味しさと、それを育てた生産者さんの名前に触れることになり、いつのまにかそれが「絆」になっていたとのこと。
「俺は田谷さん(さつまいもの生産者)と会ったことはないよ。でもさ、田谷さんの芋の旨さはよーくわかってる。これが食物を通しての信頼関係ってやつだと思うんだよね」
農業が成し得た変革を、漁業でも起こしたい。この熱い思いが、冒頭に書いた1通のメールにつながりました。
中村さんには、水産高校に通う息子さんがいます。将来は安泰ですね、と話すと・・・
「今の状態じゃね、後を継いで欲しいとは気軽には言えないんだよね」
といいます。
「いくら良いイセエビが獲れたとしたって、人間国宝になれるわけじゃない。その前に家族を養っていかなきゃならないんだから」

(写真上)中村家の食卓には、魚と共にミレーの野菜もたくさん登場します/(写真下)未来を語り始めると、中村さんの目に力がこもります

だから、一石を投じたいんだ、と力を込める中村さん。
「みんな、何かやらなきゃならないとは思ってるんだ。でも、実際にやるとなると難しい。だから俺がまず始めてみたいと思ってね」
後を継ぐであろう息子さんのために、道を切り開いておく。漁師としての瞳の奥に、子を思う父親としての愛情が垣間見えました。

(写真上)唯一収穫できたというカボチャを見せてもらいました/(写真下)拓永丸の船上から眺める日の出

イセエビ漁に携わる中村さんですが、一番の好物は野菜とのこと。
「スーパーの野菜が食えなくなっちゃってね。なんつうかね、喉ごしが違うんだよ」
最近では自ら畑を耕し、家庭菜園にもチャレンジしているそうです。
「こんなに団子虫を憎いと思ったことはなかったね!あいつらはほんっとにしつこくてねぇ」 唯一収穫できたというカボチャを見せてくださいながら、鼻息を荒くする中村さん。
「農業と違って漁業はね、誰が獲ったイセエビでも基本的には同じってことなんだよね」
同じ漁場で獲ったイセエビですから、味が変わるわけではありません。
「でも、俺が獲ったイセエビなら、ミレーの看板に泥を塗るようなことだけはしない」
俺という人間を、顔も知らないお客さんにどれだけ信頼してもらえるものなのか。これは、俺にとって大きなチャレンジなんだ。

力説する中村さんと対峙しながら、私の中ではもう既に、中村さんが言う「信頼関係」が成り立ち始めているのを感じていました。
この方の獲ったイセエビであれば間違いないだろう、と思えたのです。
取材後に、お土産にイセエビをいただきました。
「台風が近づいてるからこんなものしかなくて・・・ごめんなさいね」
ぷりぷりの肉と濃厚な味噌。奥様の声に恐縮しつついただいたそれは、ヒゲが1本取れてはいましたが、中村さんの熱い思いと相まって、忘れがたい味わいとなりました。

青空にはためく、拓永丸の大漁旗。

ミレーとしても、中村さんのこの熱い思いがお客様へ伝わるよう、精一杯努力してまいります。  イセエビがお届けできるのは限られた期間内にはなりますが、この機会にぜひ、ぜひ中村さんの思いが詰まったイセエビをご賞味ください。  拓永丸の舵を取りながら、日本の漁業の時代を見据える1人の男の思いが感じられるはずです。

取材者:ミレー 内野
年月日:2009年10月6日