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ミレーの農家さん

第2章 ミレーを探索
ミレーの農家さん
ミレーの農家さんは、ちょっぴり照れ屋さん。高い技術を持ち、優れた農法を実践しているのに、自分を語ることが超苦手。そんな農家さんをミレーが代わりにご紹介いたします。

こんなことができるのも、ご近所さんであるからなんですよね。

にんじん・大根 板橋一夫さん

「みみずの会」の前会長・板橋さん。ミレーの小歴史には欠かせない地元農家の一人です。20年にわたって会をまとめ上げてきたリーダーシップと人柄、そしてその卓越した栽培技術は、誰もが認めるところです。

野菜も人も時間をかけて

土づくりの大切さを情熱をもって伝える板橋さん。

同会は旧大栄町(現成田市)の農家で構成する有機栽培グループで、1991年に発足、現在は9人が在籍しています。板橋さんは初代会長で、3年前まで会を率いてきました。
「自分たちが40歳になったときに無農薬野菜について詳しく知る機会があってね。それを機に、あらためて土づくりを見直そうと、同級生の農家仲間を中心に立ち上げたんだよ」。

会の名前は「みみずが土を耕すような農業をしたい」という考えから思い付きました。
土の中に含まれる有機物をみみずが食べてふんをして、それを微生物が食べて死骸となり、野菜が吸収できる形の栄養に変わり・・・という自然界のサイクルを大事にしています。
「そうしてうまく回っていけば、農薬や化学肥料を使わなくても問題ないんですよ」ときっぱり。

発足当初、会のメンバー全員が有機栽培について学び、牛ふん、米ぬか、もみ殻、カキ殻などを入れて堆肥を作りました。ぼかし肥料の作り方も近くに住む先達に教えてもらい、米ぬかや大豆かす、油かすなどを土着菌で発酵させながら作っていました。
「慣行栽培から無農薬栽培へ切り替えるのにまる2年はかかりました。それから5、6年して落ち着き、さらに数年を経て軌道に乗った感じです」

現在、板橋さんは、にんじん、大根、白菜、キャベツ、里芋、生姜、ちんげん菜、かぶなど年間15、16種の野菜を育てています。みみずの会の中では多い方だそうですが、一つ一つ丁寧に、じっくり育ててから収穫しています。
「きちんとした有機の考えで作ったうえに、日光をいっぱい浴びさせて、光合成してもらって、ゆっくりじっくり日数をかけてきちんと育てるんだよ。時間がかかるのは人間と同じ」。 

懐深く、視野広く

熱い思いを語る板橋さん。

板橋さんは、ミレーが元気いっぱいのときも、苦しいときも、野菜を育てるように、どっしりと構えてその成長を見守ってきてくれた頼りになる“お父さん”です。早川社長も板橋さんを尊敬していて「板橋さんがいたから」と常日ごろ社員に言い聞かせています。

その人間力は世代を超えて伝わっています。板橋さんのところに、以前、イベントなどで交流のあった中学生から、有機栽培に関する質問が今なお、ファクスで届きます。「自分たちの取り組みに関心を持ってくれて、学習のテーマに選んでくれるんだから本当にうれしいよ。『有機の目的は、環境を守って農業を続けていくことなんだよ』などと伝えているんです」と目を細めます。

また、そうした思いを次世代につなげていくために、有機栽培の他団体と連携して受け皿を作る話を進めています。「続けていくことを考えたら、後継者や新規就農者を助けて進むべき道に導いてあげないとダメだよね。それも自分たちの仕事」。

懐深く、視野広く、会を束ねて人づくり。われわれが愛すべき板橋さんの人間力が、野菜の味わいにも表れています。


かぶ・キャベツ 岡田耕治さん

「みみずの会」にはもう一人、ミレーとは切っても切れない縁を持つ農家がいます。岡田耕治さん。早川社長と知り合ったことで、会に名を連ねることになりました。就農13年目の中堅は、新規就農の星として、愛すべき農の世界にどっぷりとつかっています。

農への思いと周囲の助け

岡田さんの明るさが、つくる野菜にも表れます。

大阪生まれの大阪育ち。自然が大好きな子供でした。父親の趣味が植木で、よく庭いじりをしていたこともあり、その影響を強く受けたそうです。中学生のときには早くも一人で家庭菜園に挑戦するなど、“農”への思いを強く膨らませていきました。
「最初にかぶの種をまいたんですが、きっちり収穫できたんですよ。すごくうれしかったし、おいしかった。それで本気で農業を学びたくて農業系の大学に入ったんです」。

その思いは在学中も変わらず、卒業後に農家としての働き口を探しましたが、中々見つかりませんでした。仕方なしに生花店に就職して花を売っていましたが、それでも農業をあきらめきれず、農業法人が開催するセミナーに参加。そこで千葉県栗源町(現香取市)で無農薬栽培を実践している農園を紹介してもらい、住み込みで働けるようになりました。

「1年半ほど研修させてもらい、そろそろ自分でもやってみたいなあと思っていたときに、早川社長からみみずの会を教えてもらったんです。住む家や貸してもらえる畑なども探してくれたんですよ」と振り返ります。

「みみずの会」という先輩農家が集まる生産組合の中に新規就農者が入っていくので、同じものを作ってもかなわないと思い、なるべく他の人が作っていない野菜を作ったり、旬の時期を少しだけずらして出荷したりしました。

最初に作ったのは落花生。出荷できるレベルのものはほとんどありませんでした。
「収入も経費を引いたらほとんどないという状態でした。その後も先輩たちにいろいろ教わって、助けてもらって、どうにかやってこれました」。

次世代へのとびらを開く

野菜の味の濃さもお人柄でしょうか…?

新規就農したときの「なるべく他の人が作っていないような野菜を作りたい」という考えは今も変わらず、近年もスティックブロッコリー、ズッキーニ、空芯菜、聖護院大根といった、一般にはなじみの薄い野菜を積極的に生産しています。
「お客さんが箱を開けたときに“ワアッ”と喜んでもらえるような珍しい野菜も届けたい」という思いを強く持っています。
ミレーでの注文も「岡田さんのちぢみほうれん草をください」と名指しで入るまでになりました。

今や双子を含む4人の父。千葉での生活もしっかりと根付いています。実際のところ、農業で生計を立てるのは簡単なことではありませんが、毎日、好きな農業で食べていける喜びを味わっています。

「田舎で農業をやりたいと思っている若者は、たくさんいると思うんですよ。そういう人たちをうまく呼び込んで、農家仲間がどんどん増えていったらいいなあと思っています。自分が新規就農の一種のモデルケースとして、アドバイスできたらいいですね。岡田にもできたんだから、俺もやってみようかな、やってみたいなあ・・・そんなふうに思ってもらえるだけで十分です」。

きらびやかな成功の裏にさまざまな努力。新規就農の星が次世代を切り開いていきます。